昭和46年05月11日 朝の御理解
御理解 第2節
「先の世までも持って行かれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すれば誰でも受ける事が出来る。みてると云う事がない。」
神徳は信心すれば誰でも受ける事が出来る。神徳を受けると云う事より、神徳の中に生かされておると云う事、神様の御恵みの中にひたらして頂いておると云う事、其の事を心の底から感じ得れると云う事、そういう生活、即神徳を受けた人の生活だと今日は頂いて頂きたい。神徳を受けて有る意味、不可思議な働きを表すと、そう云う事も有難いですけれども真実神様の御恩恵の中に、お恵みの中に生かされて生きておるという喜びを実感出来る生活、私はこれは素晴らしい神徳を受けた者の姿だと思うですね。
信心をすれば誰でも受ける事が出来る。信心をさして頂き、とりわけ勿論信心ですね、お道の信心させて頂いて、天地の大恩、天地の大恩恵の中にです、生かされて生きておるその喜びを感じさせて頂く生活、あちらは中々徳者だと言うても、イライラがあったりモヤモヤが有ったりの生活では、どうかと思いますね。そういう有難い生活。今日私は御神前で「合掌経営」と頂いた。どう云う事か分からなかった。
ちょうど字に書いて見たら、合掌はがっしょうであろう。経営と云う事はこれは、商売なら商売を経営するという、そう云う様なふうに感じた。言わばがっしょう、拝み合うて行けれる生活、私どもの日常生活がです、本当に生かされてある、生きてある、天地の御恩恵の中にひたらして頂いておるその喜びがです、日常生活に表れて来るという生活。商売をさして頂いておる事業させて頂いておる者ならば、やはりそれはがっしょう経営と云う事になるのじゃないでしょうか。
商品を拝み、仕事そのものを拝ましてもらう、相手を拝む、お客様を拝む、そういう私は生活、そういう生き方が出来ると云う事がです、その根本に生かされて生きてある喜び、御神徳の中に生かされてあると云う喜びをです、段々わからせて頂く生活。成程其処に、「信心すれば誰でも受ける事が出来る」と言われる信心の道を辿らせて頂ければ、誰でも究極其処がわかる。
御恩恵の中にある事が、天地の御恩徳の中に御神徳の中に生かされて生きてある事が解かる。其処から天地すべての事それが拝めれる様になり、自分がさして頂いておる受け持っておる持ち場 立場というものが拝まれる様になりそれが事業であるならば、商売であるならばお客さんが拝まれ、商品が拝まれ所謂そういう事にならされて来る。厳密に言うたら、其れこそ刻々にと言うて良い位に、激しい変動の中に在ってね。
そういう環境に対応するというか、目まぐるしい迄に変わって行く世の中に対応して行く、そういう心はいわゆる絶対神。神様御恩恵の中にどういう場合であっても、どういう時であっても、神様の御神徳の中に御神徳の中に生かされてあると云う事に於いては、どういう環境にそれは刻々変動して行く中に在ってもです、其れに対応する心というものです私は生かされてある、御神徳の中にある私というものが感じられる。
其処からです私は大きな豊かさが生まれて来る。こうでなからなければならん、ああでなからなければならん、言わば固定したそう云う考え方そういう考え方は必ず、滅びるとでも申しましょうか。頑固一徹とでも申しましょうかこうでなからなければならん、ああでなからなければならん、と云う様な固定した観念ですね、そういう考え方は人からいわば見向きもされなくなって来る、時代がなって来ると私は思うです。
信心しとってもそうです。その時代その環境、その中にあってそれに対応して行けれる生活、そういう豊かさというものがえす、心の豊かさというものが、御神徳の中に生かされてある。御神徳の中にある私、だからどの様に環境が変わって参りましても、その時点で、有難し勿体なしと云う事になって来る訳なんです。昨夜私ども一時過ぎてましたでしょう、散髪までして頂きよったものですから。
私も一緒になって、あそこに、秋永先生他五、六名の者達と話合いをして頂いた訳なんですけども、父がこの十七日がまる八十八歳を迎える訳であります。それでまあお祝いと云う事は致しません積りで御座いますけれども、神様に御礼申させて頂くと、と言うて、せめて総代さん方だけなりとも、まあ私も親戚が少のう御座いますから、お出で頂いて、そして神様に御礼を申さして頂く。
八十八年間という永い間、お生かしのおかげを頂いて、しかも今年は春からの様にもう難しいとじゃなかろうかと云う様に、まあ重体で御座いましたね。まあ年寄りと致しましても、七日も八日も御飯も頂かないというものですから、皆さんそれをそう感じられた。処がおかげを頂きまして、今度初めて自分で選挙にでもやらして頂くちゅうまでにおかげ頂いたんです。
ですから本当にこの八十八歳を期して、神様へ其の事の御礼を申さして頂く為に、他所で言う八十八の祝い、米寿の祝いではない、これは只々御礼を申し上げるより外はない。神様へ御礼を申さして頂いて、その御直会でも皆さんに頂いて頂く。それで高橋さんに御願いしまして、せめて女の方は尺引きと云いますから、尺なんか引かれる訳ですけれど、男は昔は何ですかねトカキ引きとか何か申しましたそうですけど。
まあ白扇でもね一つ調えて頂いて、それに父に何か一言書いて貰うて、それでもまあ記念品に、まあ親戚、まあ集まって下さった方達に差し上げようと云う事になりまして、なら数はどれだけ買うたら良いかとまあ色々言いよりましたけど、まあ兎に角米寿の御礼ですから、八十八本がいい。なら八十八本買いましょうと。それは良か事に気が付きましたね、ならそうして下さいと云う事で御座いました。
それで其の事になりましたから、昨晩寝まして頂いて、其の事をしきりに思わして頂いて、まあ父の心を思うてみた。私が白扇を持って父の所へ行って、これに一筆書きなさい。八十八の記念に何でも良いから一筆書きなさいと言うて持って行ったら、父がどういうであろうか、どう書くであろうか、まあ誰かの句にそれによく似た句がありましたけれども、それはそれとして、別に私は思うた。
父の心境を私が思うて見ると、『あな尊、あな有難し、日の光』と云う様な事に成るのじゃなかろうか。日々をそれこそ勿体ない様な、お賄いのおかげの中に、しかも夫婦揃うて、それこそ百味の御食的な中に、夏も暑さを知らんで済む様な、冬も寒さを感じんで済む様な、おあてがいの部屋に住まして頂いて、上げ膳据え膳のおかげを頂いて、まあ父にそのことを言うたら、そう云う事に成るのではなかろうか。
ああ尊い事だなあ有難いことだと。この日の光に会わせて頂く、お生かしのおかげを頂いておる事の尊さ、有難さを、しかも八十八回も重ねておると言う、八十八の長寿を保たして頂いて、しかも痛くもなからなければ痒くもない程しのおかげを受けておると云う事は、何という尊い有難いことであろうかとまあ思うだろうとこう思うのである。これは私が思うのである。
そして父の生き方を思うてみました。父がまあ言うならば楽隠居ではありませんけれども、隠居の様に此処に元筑後軌道が敷かれている時に、筑後軌道に勤めておりました。そしてあの様な大怪我を二度も致しましたり、それから丁度筑後軌道が解散になるまで勤めさせて頂きました。終わりましたのが、年を終りましたのが四十五、六才じゃなかろうかと。年を繰ってみればすぐ解かるのですけれど、私が小学校、高等小学校を卒業する年だったと思います。ですからその位の年じゃないでしょうか。
それから私が上の学校へ行けなく成ったんですから、止めましたから。ですから私は酒屋の小僧に参りました訳で御座いました訳で御座いますが、父はそのまま仕事がない、母が言うなら腕一本とでも申しましょうかね、母が商売をさして貰うて、母の商売で私どもの手足が伸びたと言うて良い位。だから母は大変な難儀苦行で御座いましたが、父はそういう例えば直接の難儀苦行は致しとりません。本当にお父さんくらい楽な人はないと皆んなから言われる位、まあその時分から言わば上げ膳据え膳のおかげは頂いておる。
それも大変お金があっての事なんですけども、本当の意味に於いて、貧楽というのはそう云う事じゃなかろうと思わして頂いて、父の例えば生涯というものをずっと思うてみる時、若い時のことは色々私も聞いてはおりますけども。その環境がですね、環境がこう変わって来よる。取り分け戦時中になりましたら、いよいよ厳しい事になり、終戦となりましたらもう愈々この歳になって、此の様に例えば厳しい事になって来たので御座いますから、大変な環境が変わって行った。
そして私ども信心のおかげを頂く様になって、椛目合楽を通して此の様なおかげ頂く様になって、もうその辺の変り方というものがですね、実にその、まあ何と云うかようも変れば変って来たものだ。しかも有難く変って来ておると云う事がです。まあ有難いのですけれども、是はもう、是れだけは私は感心しますのは、どういう中にあってもですね、父はその何と申しますかね、ま豊かさという以外にないでしょう。
例えば私どもが商売が出来なくなって北京に行く時ですですね、もうそれはそげな事はいかんと云う事も申しませんでしたし、私どもが結婚するという時に当りましても、あれが気に入っているとならばといった行き方なのです。自分は厳しゅうその生活には取り組んではいませんけれどもその、心の豊かさというか、これには驚くばかり。もう家ちのお祖父ちゃんは金光様と同し事と。
三代金光様と。何十年間座りづくめです。そげんですうちの父は。よう座っておれたと思うのですけれども、それはやはり父の心の豊かさがそう出来たんだと私は思います。その代わり右とも言わなければ左とも言わん、その時その時のおまかないを、信心の言葉で言うと、あな有難や、あな勿体なや、では無かったろうか。それが愈々本当な事に成って来た、何十年間座りづくめですね言うならば。
そういう貧楽から安楽のおかげを頂かせて頂いて、八十八回目の誕生を迎えさして頂く、本当に神様の御神徳の中にひたり、御神徳の中に生かされ、その例えば父の状態を煎じつめて言葉に出すなら、神様の御恩恵の中にひたらして頂いて今日あると云う事が、只有難い勿体ないであろう。是はもう恐らく生涯この思いが持ち続けられる言であろう。なんと有難い、何と勿体ない生涯であったであろうと自分で思うであろう。
それは其の侭あの世にも持って行けるのではなかろうか。神徳とはそう云う事であろうと私は感じた。今日頂きますいわゆる「合掌経営」と云うのは、豊かな心で全てを受けて来ると云う事はです、それを言葉で言うならば、全てを合掌して豊かな心で受けて来たという風に、なるのじゃなかろうかと、いう風に思うのです。「信心をすれば誰でも神徳が受けられる」と仰せられる。
例えば今日は、御神徳とは霊妙不可思議な力といった様なものじゃ無くてですね、ただ有難い勿体ない豊かないわば、その時点時点に於いてです、父の八十八年の生涯と云う事において、様々な変動があったけれども、その環境に対応して来たのは、父のこれは生まれ付きに持っておるものか知れませんけれども、豊かさであると私は思うです。だからその場で時にです、私ども子供に対して右でなければいけんぞ。
左でなければいかんと言った様な固定したもの、そう言う押し付けと言った様なものが更々無かったと云う事。その時点で子供の言うならば幸せを願って来たんだと、云う事に成るのじゃなかろうかという風に思わして貰います。私共もね、日々がそういう有難い豊かな心で過ごさして頂けれるおかげを頂きたい。そういう有難い勿体ないがです、あの世に繋がるものである。
この世では苦しいから、せめてあの世で、そう云う事はあり得ない。この世で苦しければあの世でも苦しいに違いない。この世で安楽のおかげを頂いてこそ、安楽死のおかげも頂かれるであろう。また安楽な仏教的に言うと、浄土と云う事に成るであろう。そういう私は意味において、成程信心をすれば細々ながら、私どもの両親には金光様という御信心があった。だから私の今日言葉に表した様な風には。
父が表現は出来ますまいけど、父に代わって表現しますなら今日私が申します様に成るのじゃなかろうかという風に思わして頂くので御座います。本当に神様のおかげなればこそと言う事になるでしょう。どういう厳しい例えば変化に遭いましても、その時点で、一つも慌てていない。やはり座りづくめであったと云う事。イライラ、モヤモヤという様なものを感じてはいない。
その時点時点で、有難い生活が段々いよいよ本当の有難い生活になって来ておると云う事であります。そういう意味で、信心すれば成程誰でも受けられるのじゃなかろうか。お道の信心させて頂ければ、本当に神恩奉謝とまで出来なくても、その神恩に対して、父の場合なんかそう云う事に成りますね。奉謝の生活が出来たとは思いませんけれども、神恩にひたらして頂いて、神徳の中にひたらして頂いて。
有難い勿体ないという生活が続けられたと云う事に成ります。お互いがどの様な環境、どの様な変動に遭いましても、即そこに天地の御恩恵、神様の御懐の中にあるので御座いますから、心の豊かさを欠く事なく、こうでなければいけんぞと言った様な決め付けた、固定した考え方、そういう観念で無くてです、それこそ水が器に従う様に、その時点時点でその器に従って行けれる豊かさ、素直さと言った様なものをでえす。
信心によって愈々高めて行きたいという風に思うので御座います。私共も思います、本当にあな尊、あな有難しで終止符が打てれる様なおかげを頂きたいと思うですね。それこそ、神徳の中に生かされてある実感、神徳の中にある自分というものを実感させて頂く生活、其処に神徳を受けた人の姿がある。此の神徳はあの世までも持って行け、子孫にまで残るのだと云う事に、この場合言えると思うですね。
どうぞ。